小学校の理科の問題から、AI時代に「知っていること」の価値がどう変わるかを考えたコラムです。
小学校の理科の問題です。「雪が溶けたら何になるか?」 なぞかけではなく、純粋なテスト問題です。当然、答えは「水」。 ところが、これに「水」ではない答えを書いた生徒がいました。 昭和40年代、もう50年ほど前の話です。
その答えは、普通に考えれば不正解です。けれど当時、 これを不正解にするのは教育としてどうなのかという論争にまでなったと聞きます。 いったいどんな答えだったか、想像できますか。
その生徒の答えは、「春」でした。 理科の問題としては不正解で、正解はあくまで「水」です。 でもきっとその子の頭の中には、春になって雪が解けていく情景が浮かんでいたのではないでしょうか。
Value「知っている」ことの価値は下がった
50年後の今、雪を見たことがない人でも、AIに聞けば即座に「水」という答えが返ってきます。 どのような現象で水になるのか、科学的にかなり詳しく知ることもできます。 そうなると、AIで即座に得られる答えを知っていることに、どれだけの価値があるでしょうか。
むしろ、まったく違った視点や感覚から、 別の次元での答えを出せる人のほうに価値がある ―― そういう時代になりました。
誰でも知っている答えより、「春」と言える視点のほうが、これからは価値になる。
Layerレイヤーを変える
インターネットで、情報としての知識は並列化されました。 同じ環境で、同じ課題に直面し、同じタイミングで、同じようなソリューションを閃く。 AIでも見つけられる、誰もが知っていることだけを知っていても、新しいものは生まれません。
いかに違う視点を持つか。概念としてのレイヤーを変える。過去・現在・未来の軸で見直す。 今のテクノロジーの延長線上には、改善はあっても、改革はありません。
Attitude「知らない」を知る
経験を積むと、つい「何でも知っている」という構えになりがちです。 けれど、そこから「知らない」を知ること ―― 自分がまだ見えていない領域があると認めることが、 イノベーションへの近道ではないでしょうか。
「春」と書いた生徒は、たぶん「水」も知っていました。 その上で、別の情景を見ていた。知識を捨てる必要はなく、 知識の隣に、もう一つの見方を置いておく。それだけで、答えの幅は変わります。
WRICORDEE の視点
答えが一瞬で手に入る時代だからこそ、問われるのは 「どの次元から答えるか」です。 誰もが同じ閃きに至る場所から一歩ずれること、 「知らない」を認めて探しにいくこと ―― WRICORDEE は、その視点の切り替えを大切にしています。
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